第6回 ODAは「人助け」か「国益」か。 |
〜「日本人の心」が見える協力とは〜 |
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松山市公立小学校教諭 藤井田 美代 |
「青年海外協力隊って何?」と聞かれたら「派遣された国の人々と共に生活し、彼らの言葉を話し、相互理解を図りながら技術や知識を活かして開発途上国の国づくり、人づくりに協力するボランティアです。」というような内容を答えることにしている。
協力隊の理想的活動で、よく象徴されるのが「奥地前進主義」と「現地同化主義」である。それは、首都周辺などの地理的好条件場所や目に見えやすい分野の援助ばかりではなく、任国のより奥地へ目を向け、人々と同じ食べ物や住居環境に身を置き、つまり同じ目線、同じ土俵に立って共に開発活動と行うことを指している。私はこの理想に大いに共感する。
青年海外協力隊事業は、政府開発援助(ODA)予算全体の約20%により、運営されている国際協力機構(JICA)の一部分である。そのため、上記の理想を掲げつつも安全確保最優先のために、必ずしもそのようになっていない部分もあるように思う。私の任国で目にした、通称ピースコ(アメリカ平和部隊)などは、その原則をとっていることに感心することもあったが、それは、待遇や様相が違うことも仕方がないのかもしれない。
以前に問題になったカネを出すだけの開発援助やハコモノ、ハード面だけの援助からの脱却を目指して、JICAは技術協力や人的協力を行っている。しかし実際、任国の人々はそれを臨んでいないこともある。協力隊員が任地に着任すると、まず「君は日本のカネで何を買ってくれるのか?」「どんな機械を置いてってくれるのか?」と問われ、「自分はカネは出さない。その代わり、しっかりと技術支援するために日本から来た。」と答えると、人々にがっかりされるという話はよく聞く。隊員は鴨がネギをしょって、やってくるようなものだと考えられているのが、実際の現場である。
しかし、最初はカネを持っていない日本のボランティアに期待はずれと思っていた人々だが、その印象は次第に大きく変わる。そして隊員活動任期の2年が終わり、帰国間近には、多くの人々が隊員への感謝と大きな友情や親交を示してくれる。この2年は、隊員にとって平穏な歩みではないが、心は物(カネ)をも越えるということが理想論ではないことを実感するのである。
私は任国に着任してまもなく表敬したある省庁で、「日本人の青年が勤勉に働く姿を人々に見せてあげて下さい。それが最大の我々への支援です。」と、お言葉をもらったことを思い出す。日本人を、また協力隊員を好意的によく理解して下さってのお言葉であると感謝する。そして、そこに国際教育協力懇談会の最終報告に出された「『日本人の心』が、見える協力の推進」との共通項を感じる。現地と同化しつつ、奥地に前進する援助活動は、必ずしも日本人固有のものではないかもしれない。しかし、それは年月を重ねれば、国籍を越え人種を越えて人々の心に響く普遍的姿勢なのである。ODAは単なる「人助け」であってはならないもので「国益」が伴うべきものであるが、それは常に相関関係にあり、心をもって人助けすれば、それが長期的には国益に結びつくと思うのである。 |